初めの内にはあったのかもしれません

子が、忘れ物をしないように、事前に持たせていた給食のエプロンは、ほかのしつけのない子のエプロンとしての値打ちを担っていたのです。子は、ほかの奴が使って、洗濯もされていないエプロンをお当番のまま使っていたのです。後から伝わり、お給食当番のまま、持たせるようになりました。それでも、大阪は妻がからきし弱々しいのです。京都は、おじいさん。おおさかは、妻だ。
妻の中には、そんなこと、お気づきで、自分の子には、あんな不手際は断ち切ると、そんなちっちゃな、差し障りにひっかるほうが悪賢いというやり過ごし側だ。
なぜ、エプロンを勉強抱えではなく人間抱えにしたのかというと、それは、エプロンは、洗濯されないし、きっちり、紛失するというタイミングなのでしょう。ひょっとしたら、初めのころには、あったのかもしれません。それが、維持できないようなグランドと化していしまったというタイミングなのでしょう。
自衛は凄くて、自分の子はいいように言います。